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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>Forever</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/" /><modified>2006-05-12T09:06:53+09:00</modified><tagline>アスベストに侵された父との闘病日記。家族の絆とは・・・。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>闘病を終えて・・・</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=186368" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=186368</id><issued>2006-05-10T00:00:00+09:00</issued><modified>2006-05-12T00:06:53Z</modified><created>2006-05-09T15:00:00Z</created><summary>

父の闘病生活は、１９９９年の４月に始まり、２０００年の５月に幕を閉じた。約１年と１ヶ月。長いようで短い闘病生活だったと思う。

当初余命３ヶ月と言われた時から考えれば、長い。しかし、それ以後色んな治療を受けてあたかも成功したようなニュアンスの台詞を...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/umi.jpg" width="200" height="105" alt="病院近くのカフェにて" class="pict" /><br />
<br />
父の闘病生活は、１９９９年の４月に始まり、２０００年の５月に幕を閉じた。約１年と１ヶ月。長いようで短い闘病生活だったと思う。<br />
<br />
当初余命３ヶ月と言われた時から考えれば、長い。しかし、それ以後色んな治療を受けてあたかも成功したようなニュアンスの台詞を耳にすれば、不思議なものでこのまま治るのではないかと思わずにはいられなかった。<br />
<br />
奇跡が起きる・・・、そんな風に何度も思った。思いたかった。でも現実は甘くなかった。最後にホスピスに来てからも、とても体調がよくなったように思えたがやはり末期症状が回復することはなかった。<br />
<br />
ホスピスのあの恵まれた環境に身を置くと、このまま何ヶ月もここで過ごしたい！そう願った。数日でも数時間でも少しでも長く、長く一緒の時間を過ごしたかった。<br />
<br />
口数のもともと少ない父からは、遺言らしき言葉をもらうことは出来なかった。そのことは少し気にはなるが、この闘病生活の中で父からは様々なことを学んだのだと思う。<br />
<br />
親孝行らしきことは何も出来なかった。幼い頃から体の弱かった私をいつも看病してくれていた父。夕食の時間に父の姿がなかった記憶がないほど、いつもまっすぐ会社から帰宅していた父。休日の前日には、「明日はどこに行こうか？」と毎週のように家族をいろんなところへ連れて行ってくれていた父。いつも家族が中心だった。<br />
<br />
ずっと今まで愛情いっぱいに育ててくれた父への恩返しが、この闘病生活を通じて少しは出来たのだろうか？ほんの少しは出来たのだろうか？<br />
<br />
父を失い、今年で丸６年。何か壁にぶつかりそうになる度、父の存在を大きく感じた。もう会えないという現実が怖かった。私は長女だからしっかりしないといけない、いつもそう思っていたが、父がいるから、いたから頑張れたように思う。父を失い１番悲しかったのは私なのではないだろうか？と自問自答することがしばしばあった。<br />
<br />
６年という月日が経つのに、いまだに父の死を受け入れたくない想いがある。結婚をして家事に追われ、育児に追われてるなかで、その忙しさに助けられているのかもしれない。それでもふとした時考えると、涙が溢れてくる。<br />
<br />
何もない日常、当たり前の日常が一変したとき、初めてその大切さが見えてくるんですね・・・。<br />
<br />
今の私に、父へしてあげられること。それは月命日のお墓参りとお仏壇で般若心経を唱えること。ただそれだけです。どうか、いつまでも私達のことを見守っていて下さい。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>父の旅立ち</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145860" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145860</id><issued>2000-05-29T14:43:06+09:00</issued><modified>2006-05-02T05:06:14Z</modified><created>2000-05-29T05:43:06Z</created><summary>

午後１０時03分、何気なく母が父のベッドへと向かい、父の側へ横たわり抱きしめた。そして、「パパ、もうママのこと抱き寄せてくれないの？」と切ない想いを伝えた。でも母の願いは届くことはなかった。

ホスピスに来てからは、父のベッドへふざけて横になることも...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/houyou.jpg" width="130" height="180" alt="母の添い寝" class="pict" /><br />
<br />
午後１０時03分、何気なく母が父のベッドへと向かい、父の側へ横たわり抱きしめた。そして、「パパ、もうママのこと抱き寄せてくれないの？」と切ない想いを伝えた。でも母の願いは届くことはなかった。<br />
<br />
ホスピスに来てからは、父のベッドへふざけて横になることもなかったのに、母の以心伝心だったのだろうか？そんな行動に出た母の姿を思わず写真に収めていた私。<br />
<br />
それからわずか３０分ほどで父は旅立った。<br />
苦しむことはなかった。少し息遣いに異変を感じたぐらいだった。ほんとに安らかに永遠の眠りについた・・・。母の温もりに包まれ安心したのだろうか？<br />
<br />
先生が病室に来た時には、心臓は既に止まっていた。そして約３０分後に来られ、首の頚動脈の停止で最期となる。<br />
<br />
父は旅立つ時を自分で選んだのだろうか？　午後９時半頃までは親族が来ていた。みんなが帰り、家族４人だけになる時を待っていたのだろうか？　大好きだった家族。父の口癖は『我ら家族４人、いつも一緒！』だった。ホントに父は家族を１番に考え大切に大事にしてくれた。私達娘にも惜しみない愛をたくさん注いでくれた。<br />
<br />
父との別れを悲しみ、泣き喚いた後、母が父にこう言った。「パパありがとう。ママは強くなったからもう大丈夫よ。安心してね！」と。この言葉を聞き、父はきっと安心して天国へと旅立つことが出来たのではないだろうか。<br />
<br />
その後、普通なら看護婦さんや業者の人達がする『湯灌（ゆかん）』。それを私達はさせてもらえた。入浴室へと父を運び、頭から足の先までをきれいに洗ってあげた。随分細くなった父の身体をいつまでも洗っていたかった。まだ別れたくはなかった。信じられなかった。<br />
そして、ひげを剃り、化粧をし、お気に入りの服を着せて準備は整った。<br />
]]></content></entry><entry><title>父の目に映る写真達</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145634" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145634</id><issued>2000-05-29T14:12:21+09:00</issued><modified>2006-04-27T05:36:38Z</modified><created>2000-05-29T05:12:21Z</created><summary>

以前倉敷まで日帰りした際に、私達の写真を拡大するようお願いして来た写真が数日前に届き、父の目線からいつでも私達家族の写真が見れるように貼っている。その写真は父の目に映っているのだろうか？

正午頃から、だんだんとチアノーゼが出てきた。指先の方から少...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/fuufu.jpg" width="180" height="119" alt="家族の写真達" class="pict" /><br />
<br />
以前倉敷まで日帰りした際に、私達の写真を拡大するようお願いして来た写真が数日前に届き、父の目線からいつでも私達家族の写真が見れるように貼っている。その写真は父の目に映っているのだろうか？<br />
<br />
正午頃から、だんだんとチアノーゼが出てきた。指先の方から少しずつ・・・。１人は右手、１人は左手、１人は足の方に座り、ずっとマッサージをしていた。そうすることで決して無くなるわけではない。でも少しでも父の温もりを感じていたかった。何かをしていたかった。みんな祈るような気持ちで父に心で語りかけていた。<br />
<br />
そんな中でも、私達に笑顔が消えることはなかった。常に前向きに考え、色んな話をしていた気がする。そして小さなことで笑っていた。不謹慎に感じるかもしれないが、父も楽しいことが大好きな人である。私達の笑い声が聞こえることは嬉しかったと思う。きっとそうだと思う。<br />
<br />
チアノーゼが出ているこの現状になっても、まだこの世から父が居なくなるという実感は全くなかった。もう医師の言う『日単位』から『時間単位』に移ろうとしていても・・・。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>瞼を閉じない父</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145585" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=145585</id><issued>2000-05-29T13:57:05+09:00</issued><modified>2006-04-27T05:11:28Z</modified><created>2000-05-29T04:57:05Z</created><summary>

午前中、妹の友人からパワーが出るような明るいお花が届いた。何だか勇気付けられた気がします。

午前中からずっと、父の瞼が閉じなくなりました。顔は右側に向いたままでずっと目を開けています。
何度と無く目を閉じさせようとしても、閉じません。不思議なほど...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/himawari.jpg" width="130" height="180" alt="友人からの花" class="pict" /><br />
<br />
午前中、妹の友人からパワーが出るような明るいお花が届いた。何だか勇気付けられた気がします。<br />
<br />
午前中からずっと、父の瞼が閉じなくなりました。顔は右側に向いたままでずっと目を開けています。<br />
何度と無く目を閉じさせようとしても、閉じません。不思議なほど、瞬きもせず目を開けている。<br />
看護婦さんに聞くと「家族みんなの顔を見ておきたいんでしょう」と言われた。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>数滴の涙・・・</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143382" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143382</id><issued>2000-05-28T16:36:09+09:00</issued><modified>2006-04-26T07:54:50Z</modified><created>2000-05-28T07:36:09Z</created><summary>この頃から頭を右側に向けて瞼を閉じて眠っている父。
寝返りをする力も残っていない。
睡眠薬が効いているのか、ほとんど眠ったままの父。
母は父に子守唄を歌っている・・・。

それでも私達は父にずっと語りかけていた。意識が無くなっても、聴覚は死ぬまで生きて...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[この頃から頭を右側に向けて瞼を閉じて眠っている父。<br />
寝返りをする力も残っていない。<br />
睡眠薬が効いているのか、ほとんど眠ったままの父。<br />
母は父に子守唄を歌っている・・・。<br />
<br />
それでも私達は父にずっと語りかけていた。意識が無くなっても、聴覚は死ぬまで生きているそうだ。死ぬ直前まで生きている。だから決して患者のすぐ側でその人の悪口を言ったり、喧嘩などをしてはならないと思う。そんな無神経な人が結構多いらしい。<br />
<br />
午後９時過ぎ、何故か父の目から数滴の涙がポロポロとこぼれてきた。悲しみを感じているのか、何を考えているのか分からない。もう私達には何も伝えてくれないのだろうか。なんの言葉も掛けてくれないのだろうか・・・。<br />
<br />
父の声をもう一度聞きたい。]]></content></entry><entry><title>迷惑な見舞い</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143286" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143286</id><issued>2000-05-28T15:56:56+09:00</issued><modified>2006-04-27T04:54:16Z</modified><created>2000-05-28T06:56:56Z</created><summary>

午前０時半、汗だくなため、着替え。
午前３時半、おしっこが漏れていることに気付く。着替えをし、パンパースにする。
午前４時半、薬が切れたのか起き上がろうとするため、皮下注射で睡眠を確保する。

午前５時頃、白々としてきた風景に吸い込まれるように外へ...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/asa.jpg" width="180" height="252" alt="早朝の庭" class="pict" /><br />
<br />
午前０時半、汗だくなため、着替え。<br />
午前３時半、おしっこが漏れていることに気付く。着替えをし、パンパースにする。<br />
午前４時半、薬が切れたのか起き上がろうとするため、皮下注射で睡眠を確保する。<br />
<br />
午前５時頃、白々としてきた風景に吸い込まれるように外へ出た私。雨上がりの庭は、不思議な雰囲気に包まれていた。早朝の澄んだ空気は気持ちよかったが、私達の不安な心境を物語るかのような曖昧な色彩は涙を誘う。また今日も一日が始まる・・・。<br />
<br />
午前８時半、また起き上がろうとする。「放っとけ！」「黙っとけ！」など今まで父の口からは聞いたこともないような暴言を吐きながら、必死に起き上がろうとする力はとても病人とは思えない力強さがあった。<br />
<br />
午前９時５０分、父の仕事仲間が倉敷から見舞いに来てくれた。帰り際、父は起き上がり「アリガトウ」と言って微笑んだ。きっと嬉しかったんだろう。元気な時の父は、日頃から自分のことをあまり語らないのでどんな交友関係があったのか私達は知らなかった。皮肉にも病気になってから知ることになった・・・。<br />
<br />
午前１０時、次は迷惑な来客だ。何度か足を運んでくれるが厚かましく長居をするこの人達ははっきり言って迷惑だ。状況を見てから判断して欲しいと思う。掛ける言葉にも耳を疑うセリフあり。]]></content></entry><entry><title>せん妄の進行</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143263" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143263</id><issued>2000-05-27T15:38:59+09:00</issued><modified>2006-04-26T06:54:35Z</modified><created>2000-05-27T06:38:59Z</created><summary>午前１時、父が「痛い」と言うので『レスキュー』という痛み止めを２錠飲ませる。酸素の管を外そうとするので要注意。
午前５時５０分、体温３６．８度。汗が多くなってきた。
午前７時半、　朝食。温泉卵、トマト３個、ご飯３口食べた。
午前９時、髭剃り、顔拭き、着...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[午前１時、父が「痛い」と言うので『レスキュー』という痛み止めを２錠飲ませる。酸素の管を外そうとするので要注意。<br />
午前５時５０分、体温３６．８度。汗が多くなってきた。<br />
午前７時半、　朝食。温泉卵、トマト３個、ご飯３口食べた。<br />
午前９時、髭剃り、顔拭き、着替えをしてあげる。ほとんど意識がない中での着替えは１人では困難になってきた。<br />
<br />
午前９時半、母の友人がお見舞いに来られる。不思議とその時だけは意識が正常に戻った父。きちんと挨拶をしていた。嬉しくて思わず涙が出てきた私達。<br />
午前１０時、ナースの回診。モルヒネを１日２回しているが、途中で痛くなったらレスキューを２錠。いつでも飲ませてあげて下さい。と言われた。そして「そろそろせん妄が悪化してきてるんでしょう。あと、退院の衣装はありますか？」と尋ねられた。もう、そんな状態なのか・・・。<br />
<br />
午前１０時半、「腰が痛い」と言うので、レスキューを２錠飲ませた。<br />
<br />
午後３時、父の友人が名古屋からはるばる、見舞いに来てくれた。すると友人に「もう、切羽詰まっちゃったよ」と言っていた。ちゃんと友人のことは認識していた様子だった。<br />
午後４時、母の友人一家が倉敷からお見舞いに来てくれた。小さい子供に対し「おじさんだよ」と声を掛けていた。少し微笑む父の姿を見ることが出来た。<br />
<br />
午後４時半、体温３６．５度。「痛い！」を連呼する父。痛み止め３錠飲む。夕方の薬から量を増やすことになった。<br />
午後７時半、夕食。にゅうめん、トマト、ホタテを少しずつ食べた。<br />
午後９時半、着替え。<br />
]]></content></entry><entry><title>父の訴え</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143246" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143246</id><issued>2000-05-26T15:28:06+09:00</issued><modified>2006-04-26T06:37:58Z</modified><created>2000-05-26T06:28:06Z</created><summary>午後１２時１５分、昼食。イカ刺身２切れ、うどん１口、ケーキ２口。「もう欲しくない」と食欲がない。
午後２時４０分、咳止めを２錠飲む。「何だか咳で、筋肉が痛むなー」と父。身体に響いて痛いんだろう・・・。

午後３時１５分、ティータイム。アイスティーとお饅...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[午後１２時１５分、昼食。イカ刺身２切れ、うどん１口、ケーキ２口。「もう欲しくない」と食欲がない。<br />
午後２時４０分、咳止めを２錠飲む。「何だか咳で、筋肉が痛むなー」と父。身体に響いて痛いんだろう・・・。<br />
<br />
午後３時１５分、ティータイム。アイスティーとお饅頭を４分の３食べた。<br />
午後３時５０分、『エコー検査』開始。<br />
<br />
夕方、担当医が見えた時に「どうも、うつらうつらしててよく眠れない。睡眠不足の様な気がする」と訴えていた父。<br />
そして「喉は渇きますか？」との問いに対して「すごく乾く。だけど寝たままだと非常においしくない」と答えていた。・・・なので、なるべく頭を起こしてから飲ませてあげることにしました。<br />
<br />
午後６時、着替え。<br />
午後６時４０分、夕食。やっと手に入れた鯨の尾のみ２切れ、耳イカ１口、ご飯１口を食べた。<br />
<br />
午後７時、ほとんど全部吐いた。<br />
午後７時半、突然父が「和室に行きたい」と訴えてきた。ナースに問い合わせると親族や看病する人が休む部屋（和室）があるので空いていたらどうぞと言われ、早速車椅子で和室に向かった。<br />
すると嬉しそうに「旅館に来たみたいだなぁ」と父。こんなわがままも通用するホスピスに感謝。<br />
<br />
午後８時、父が「迷惑がかかるからそろそろ帰ろうか」と言ってきた。今日はいいと許可をもらっていたが父が気になるようなので部屋に戻った。そして、薬を飲み、注射をした。<br />
<br />
午後９時半、睡眠薬を飲む。]]></content></entry><entry><title>咳と痰</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143224" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143224</id><issued>2000-05-26T15:09:12+09:00</issued><modified>2006-04-26T06:27:48Z</modified><created>2000-05-26T06:09:12Z</created><summary>午前６時２０分、体温３８．１度。咳がひどい。痰も出る。酸素吸入と座薬をすることに。対応が早い。ホスピスのナース達はみんなトランシーバーの様なものを携帯しており、担当のナースにすぐ繋がるようになっている。患者側としては、心強い。

午前７時半、朝食。おか...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[午前６時２０分、体温３８．１度。咳がひどい。痰も出る。酸素吸入と座薬をすることに。対応が早い。ホスピスのナース達はみんなトランシーバーの様なものを携帯しており、担当のナースにすぐ繋がるようになっている。患者側としては、心強い。<br />
<br />
午前７時半、朝食。おかゆ、味噌汁、トマト２個、温泉卵、かき氷（メロンミルク味）、特製フレッシュジュース（私がオレンジを絞ったもの）。<br />
午前９時５０分、浣腸の準備のため、パンパースをする。私がトイレで席を立つ時、「不安になるからナースコールを側に置いといて」と言う。少しでも１人にさせる時は、今後ナースコールを側に置くことに決めた。<br />
午前１０時２０分、便開始。頑張ったが出ず・・・。<br />
<br />
午前１０時５５分、酸素をしたままお風呂へ向かった。<br />
午前１１時２５分、お風呂から帰ってきた。すると「スッキリはしたけど、ナースによってそれぞれやり方が違うから困るよー」と父。意外としっかりしている。そして、スイカバーの残りを食べる。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>医師の説明</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143144" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143144</id><issued>2000-05-25T14:19:01+09:00</issued><modified>2006-04-26T05:43:11Z</modified><created>2000-05-25T05:19:01Z</created><summary>

午後６時、父希望の『豚足』を焼いて、ビールと一緒に食べた。

午後６時半、担当医K先生の話をカウンセリングルームで聞いた。今までの病状説明と、これからの予測などを詳しく、分かりやすく丁寧に教えてくれた。
・肺機能（酸素飽和度）が９０％を下回ると低酸...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/hand.jpg" width="200" height="105" alt="父の手" class="pict" /><br />
<br />
午後６時、父希望の『豚足』を焼いて、ビールと一緒に食べた。<br />
<br />
午後６時半、担当医K先生の話をカウンセリングルームで聞いた。今までの病状説明と、これからの予測などを詳しく、分かりやすく丁寧に教えてくれた。<br />
・肺機能（酸素飽和度）が９０％を下回ると低酸素となり呼吸困難となる<br />
・モルヒネの量は、以前より減っている<br />
・せん妄・・・精神症状（軽度意識障害）、脳の機能低下<br />
・病状の変化の間隔の推移・・・月単位→週単位→日単位→時間単位→死<br />
・悪液質・・・癌に体の栄養を取られるため、衰弱し痩せていく。倦怠感の増強<br />
・急変時・・・心電図モニターは付けない、心肺蘇生は行わない<br />
<br />
午後８時、薬を飲む。<br />
午後９時、歯磨きをする<br />
午後１０時４５分、３７．６度。<br />
午後１１時半、「ポカリが飲みたい」と言うので買いに行く。今日はよく水分補給をする。]]></content></entry><entry><title>リクライニングチェアでの散歩</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143095" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=143095</id><issued>2000-05-25T13:46:35+09:00</issued><modified>2006-04-26T05:16:38Z</modified><created>2000-05-25T04:46:35Z</created><summary>

午前０時５０分、体温３８．２度。座薬をして、水枕をする。おしっこが出る。
午前１時４０分、体温３７．７度。

午前４時、ナースと２人で父の着替えをする。裸にした父の姿を見て、かなり痩せているのに驚いた。また、全く目を覚まさないことにも驚いた。寝てい...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/sanpo2.jpg" width="200" height="105" alt="リクライニングチェアでの散歩" class="pict" /><br />
<br />
午前０時５０分、体温３８．２度。座薬をして、水枕をする。おしっこが出る。<br />
午前１時４０分、体温３７．７度。<br />
<br />
午前４時、ナースと２人で父の着替えをする。裸にした父の姿を見て、かなり痩せているのに驚いた。また、全く目を覚まさないことにも驚いた。寝ているので細くても、体がとても重く着替えさせるのに時間がかかった。もうこのまま起きないのではないかと不安がよぎった。<br />
<br />
午前５時、少しイビキが落ち着いた。<br />
午前６時４０分、「助かったのか？」との第一声で目を覚ました。どうやら夢の中で戦っていた様子。父の声が聞けてよかった・・・。<br />
午前７時１５分、やっとお目覚め。そして「おしっこがしたい」と言うので尿器を持っていくと、「何だそれ！立ってするんだ！」と言う。だから・・・、と説明すると何とか納得してくれた。少しずつ、現実とズレが生じるのは末期症状の一つのようだ。<br />
<br />
午前７時半、朝食。おかゆ、味噌汁、キュウリ漬、ゆで卵、牛乳１本を少しずつ食べた。全て母が口に運んだので比較的たくさん食べれた。<br />
<br />
午前８時、薬を飲む。<br />
午前９時、髭剃りと歯磨きをしてあげる。<br />
午後１２時２０分、昼食。大好物のあわびの刺身とスイカを食べる。スイカは小さく切り「スイカはこうでなくっちゃ」と自分で持ち、かぶって食べた父。その様子は、まるで元気な時の父そのものだ。<br />
<br />
夢の中で『ママ、好き』、『えみや妹の切ったスイカは最高』、『外に出たい』、『新聞は？』など色々なことを話す。<br />
午後１時、家族４人で散歩へ出かけた。座るのも難しくなりリクライニングチェアでの散歩。ポカポカして気持ちいいのかほとんど夢の中の父。<br />
<br />
午後２時４０分、売店で買った『ソーダアイス』を持って帰ると１本ペロリと食べてくれた。私達にも「食べる？」と差し出す。いつもそうだった。決して１人では食べず、美味しいものは特にみんなで食べようとしてくれた優しい父。<br />
<br />
午後４時、心電図をとった。]]></content></entry><entry><title>少し早い父の日の贈り物</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140427" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140427</id><issued>2000-05-24T15:50:05+09:00</issued><modified>2006-04-25T07:10:44Z</modified><created>2000-05-24T06:50:05Z</created><summary>

午後１２時２０分、母の友人達が倉敷からわざわざお見舞いに来てくれた。記念にみんなで写真を撮る時、父は『アイ〜ン！』のポーズをしていた。

午後１２時30分、昼食。玉子焼き１切れ、スイカ２切れ、ゼリー１口食べた。

午後４時半、K先生来られ、「レントゲ...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/ring.jpg" width="200" height="104" alt="家族の絆" class="pict" /><br />
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午後１２時２０分、母の友人達が倉敷からわざわざお見舞いに来てくれた。記念にみんなで写真を撮る時、父は『アイ〜ン！』のポーズをしていた。<br />
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午後１２時30分、昼食。玉子焼き１切れ、スイカ２切れ、ゼリー１口食べた。<br />
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午後４時半、K先生来られ、「レントゲンの結果、肺炎の影は薄くなってきてます」とのこと。<br />
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午後４時５０分、シュークリームを１個食べる。「これには温かい飲み物だな」と言って緑茶を飲んだ。<br />
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午後６時２５分、おしっこをする。<br />
午後６時半、一度伯母さんの家に行った私と母が到着。<br />
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以前妹と倉敷に日帰りした際、父の日のプレゼントも探していた。そしてひらめいた！　家族の絆が永遠に続くように願いを込めてお揃いのリングを買った。全てのリングの内側には『L'amour eternel』フランス語で永遠に・・・と言う言葉を刻んでもらった。<br />
父に私と妹から「少し早いけど、父の日のプレゼントよ」と渡した。号数が合うか不安だったがぴったりだった。やっと届いた指輪。４人お揃いの指輪・・・。<br />
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父のグローブの様に大きな手が大好きだった。何でも包み込んでくれそうな、あたたかい手。それが病気になってすっかり細くなってしまった。でもまだ温かいぬくもりは感じられる。<br />
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午後６時５０分、いつもより少し遅れた夕食。肉じゃが、アジの刺身、豆ご飯などを少しずつ食べた。<br />
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午後８時、点滴開始。薬飲む。<br />
午後８時２０分、点滴終了。<br />
午後８時５０分、歯磨きをする。<br />
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午後１０時４０分、３６．９度。また熱が出る嫌な予感がする。]]></content></entry><entry><title>ベッドのまま日光浴</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140391" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140391</id><issued>2000-05-24T15:37:37+09:00</issued><modified>2006-04-25T06:48:28Z</modified><created>2000-05-24T06:37:37Z</created><summary>

午前１時４５分、３８．２度まで熱が出た。
午前４時２５分、３６．９度まで下がる。咳が出る。
午前６時半、上半身だけ着替える。
午前６時５０分、突然スクッと立ち上がる父に驚く。「どうしたの？」と尋ねると「シナリオが、ビデオの・・・」と何だか寝ぼけた回...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/bed.jpg" width="180" height="118" alt="日光浴" class="pict" /><br />
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午前１時４５分、３８．２度まで熱が出た。<br />
午前４時２５分、３６．９度まで下がる。咳が出る。<br />
午前６時半、上半身だけ着替える。<br />
午前６時５０分、突然スクッと立ち上がる父に驚く。「どうしたの？」と尋ねると「シナリオが、ビデオの・・・」と何だか寝ぼけた回答が返ってきた。<br />
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午前７時１０分、髭剃り、顔拭き。<br />
午前７時１５分、朝食。パン１つ、温泉卵１つ、トマト、牛乳と結構食べた。しかし、ほとんど夢の中のような感じでした。<br />
食後の薬を自分で飲めなくなった。ガラスのコップを口まで運ぼうとしたらこぼしてしまった・・・。<br />
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午前８時、歯磨き。<br />
午前１０時、点滴開始。<br />
点滴終了後、ベッドのまま外へ出て日光浴。少しでも外の空気を吸って欲しい。それが出来る環境に感謝。<br />
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午前１１時、父のバスタイム。その間に私達は仮眠。<br />
４０分のバスタイムの後は、着替えてビール。これが気持ちいいみたい！そして眠りに付く。]]></content></entry><entry><title>ビールを飲む</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140361" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140361</id><issued>2000-05-23T15:16:22+09:00</issued><modified>2006-04-25T06:32:00Z</modified><created>2000-05-23T06:16:22Z</created><summary>午後１時１５分、抗生剤の注射を２本打つ。
午後２時半、浣腸開始。出るまでに１５分ほどかかった。

午後３時２０分、父の入浴タイム。
午後４時、さっぱりとした身体で帰ってくる。入浴後「ビールも飲みたいな」と言い、ウーロン茶を飲んだ後にビールも少し飲んだ父...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[午後１時１５分、抗生剤の注射を２本打つ。<br />
午後２時半、浣腸開始。出るまでに１５分ほどかかった。<br />
<br />
午後３時２０分、父の入浴タイム。<br />
午後４時、さっぱりとした身体で帰ってくる。入浴後「ビールも飲みたいな」と言い、ウーロン茶を飲んだ後にビールも少し飲んだ父。<br />
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午後４時半、少しお散歩へ。風呂上りだからか、ウトウトとしていた父。<br />
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午後６時１５分、夕食。トマト２個とおかゆを５口ほど。<br />
午後６時２５分、おしっこをする。<br />
午後６時４５分、咳止めの薬を飲む。<br />
半端ない汗をかくので、ドライ（エアコン）を入れた。<br />
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午後７時、「どーれ、どれどれ？」などと言いながらみかんを１個食べた。<br />
午後７時１５分、熱は３７度。<br />
午後７時５０分、点滴開始。今日から抗生物質が変わったらしい。汗をかくので、水枕もしてもらう。<br />
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午後８時４０分、点滴終了。<br />
餃子１．５切れ、ところてん２口、エンガワ１切れ、スイカを食べた父。<br />
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午後９時、３５．５度まで熱が下がった。<br />
午後９時１５分、酸素９６％、血圧１１０・８０、心白１４４（通常７０）。脈が少し速いので心臓に負担がかかり、冷汗が出るらしい。<br />
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午後９時半、ナースより心拍数を下げる注射をされる。<br />
]]></content></entry><entry><title>カウンセラー</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140323" /><id>http://blog2.nakashima-company.com/?eid=140323</id><issued>2000-05-23T14:57:25+09:00</issued><modified>2006-04-25T06:13:37Z</modified><created>2000-05-23T05:57:25Z</created><summary>午前５時半、「何かスカーッとした物が飲みたいな」と父。用意しておいた梅ソーダを出すと、おいしそうに飲み干した。

午前８時、薬を飲む。熱、３５．７度。
午前９時、歯磨きを済ませたら急に父が「散歩に行きたいな」と言うので大急ぎで着替えてメークする私に「ス...</summary><author><name>emi</name></author><dc:subject>ホスピスにて</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[午前５時半、「何かスカーッとした物が飲みたいな」と父。用意しておいた梅ソーダを出すと、おいしそうに飲み干した。<br />
<br />
午前８時、薬を飲む。熱、３５．７度。<br />
午前９時、歯磨きを済ませたら急に父が「散歩に行きたいな」と言うので大急ぎで着替えてメークする私に「スッピンでもかわいいじゃん」と言う父。親ばかである。<br />
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午前９時半、お散歩に出かけた。カメラを持ち、父と２人で撮り合いをした。途中海を眺めて、荷物を整理するのに病院を離れていた妹に「電話してみよう！」と言う父。すると「父さんだよ。今、えみと散歩してんだぁ」と嬉しそうに話す父。<br />
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しばらくして急いで駆けつけた妹も合流。３人で楽しい時間を過ごした。<br />
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午前１０時半、コルセット業者の方が来られた。来週の火曜日にまた来るらしい。<br />
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午前１０時４０分、身体を拭く。今後は起き上がらせずに、身体を横に向けてから拭くことに。腰に負担がかかると、神経が通っているので足が動かなくなる可能性があるからと要注意をされた。<br />
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午前１１時、病院カウンセラーを受けた父。自分の症状を確認された。すると「２・３年は持つかな。でも１ヶ月くらいかも」と半信半疑の様子。<br />
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そのすぐ後に、父が「父さんの目標はあと３０年なんだ。さっき言うの忘れたなぁ」と言っていた。私達も実感がないように、父本人も不思議な感覚だったのかなぁ。]]></content></entry></feed>